きのうと同じあした

唐突だけど、小説が書きたくなったのでちょっと書いてみます。別に何かあったわけでなく、なんとなく書きたくなったもんで…
非モテ非コミュの妄想話なんでまともに読まないで下さい。多分脳が腐ります。



二人が放課後を自習室で過ごすようになって半年ほどたっていたが、彼女が窪といっしょに自習室を出ることになるのははじめてだった。それどころか二人で帰ることすら久方ぶりだ。決して示しあわせているわけではないものの、二人の間には「いっしょに帰らないようにしなければならない」という遠慮というか暗黙の了解のようなものがあって、中学の頃からずっと互いに実行しつづけていたのだ。
それを破ったのは彼女のほうだった。いっしょに帰ることはおろか数年間まともに会話すらしていなかったので、彼女は若干緊張しながら、

「…ねえ、久しぶりにいっしょに帰ってやろうか……久しぶりにあんたと話したいし」

と窪に話しかけた。結果、窪は意外にも無言でうなづき、帰り支度をしたのだった。


窓の外はもうおおかた青い闇につつまれており、山の向こうに沈みつつある太陽は強い西日を投げかけるのをやめかけて、連なる山の輪郭をきれいな橙色っぽいグラデーションで染めあげているところだった。岩佐はその光景をぼんやり眺めながら、窪の帰りじたくを待っていた。
そもそものところ、彼女もなぜ久しぶりにいっしょに帰ろうなんて思ったのかがよくわからなかった。でも彼女はできるかぎりその理由をはっきりさせようと、窪の帰りじたくを待ちながら考えてみた。
これまでずっといっしょに帰ってなかったんだから、べつに今いっしょに帰らなくたってなんの問題もない。でも一度くらい帰ってやってもそれはそれで問題はない。いっしょに帰れば中学の頃にやらかしたケンカのようなものが起こらない保証はないけれど、今は高三、時間が経ちすぎているし、あんなバカみたいなケンカにはならない。というか、(まだなんとなく疎遠ではあるけれど)あの頃のことなんてもうどうでもよくなってきている。そういうわだかまりは高校を出てしまう前に少しでもなんとかしておきたい、という思いも一応あるし…
…彼女は心の中で、「多分そういうことなんだろうなぁ」とつぶやいてみた。



岩佐と窪は一言もしゃべらずに自習室を出た。薄暗い廊下を渡り、どこかから流れてくる吹奏楽部の練習の音を遠くに聞きながら外靴に履きかえ外に出てみると、冷たくゆるやかな風が二人の頬をなでていった。
玄関の階段を下りながら、窪が口を開いた。

「…いやっ寒いなぁ」
彼女にとっては、窪が先に口を開いたのがちょっと意外だった。それに戸惑ったのか、彼女はちょっと遅れておそるおそるこたえた。

「…そうだね」


校門の目の前の信号を待ちながら、二人は話した。
「なあ岩佐」
「なに?」
「俺、大学…」
「東京の大学、受けんでしょ? そのくらい知ってるよ」
「ああ。お前はどこ行くのか知らないけどさ、札幌とかだったらいいよな。もし受かっちゃったらもう二度と俺と顔合わせ無くてもいいし」
岩佐は札幌の大学を受ける予定だった。でも進学する先が札幌だろうと東京だろうと浪人しようと、高校を出てしまえば離ればなれになってしまう可能性が高いことくらい、窪だって分かっているはずだった。なんでわざわざそんなことを言うのだろう。彼女は思った。
「だからさ岩佐…もっと喜べよ」
「それってそんな嬉しいことじゃないじゃない。嫌なことでもないけど」
「でも、嫌いなんだろ? 俺」
「…いや、嫌い、ってのとは違う。今は」
「そう…?」
「いや、私にもよくわかんないんだ。なんかね」
「そうなんだ…今でもずっと嫌ってるんだと思ってた」
「今はそんな避けてないよ…でも誤解しないで、好きではないからね」
「わかってる。安心しろよ」
「安心…できんのかなぁ」
「……お、渡ろう」

目の前の信号が青になった。彼女はうつむいたままだった。窪も多少うつむき加減だ。
岩佐は確かに、窪のことが大嫌いだったことがあった。中学1年の夏休み前にケンカをして以来、彼女は一時期彼を意図的に、徹底的に避けた。できるるだけ彼の半径3m以内には入らないようにし、近くにいることがわかったら彼に見えるように、露骨に逃げていった。彼のすべてを否定し、彼とのかかわりをいっさい断ち切ろうとした。彼も彼で彼女から遠ざかるようになり、二人の間には緊張状態がつづいた。
窪に対する絶対零度クラスの待遇は高校に入るくらいまであったが、高校1年の初夏あたりにやめた。岩佐自身そういうのがバカバカしくなったというのもあるし、ケンカこそあったもののなぜ彼をそんなに嫌う必要があるのかわからなくなってきたからというのもあった。とはいえ、中学の頃からの感情をある程度引っぱっているせいなのか、ずっと疎遠なままになってしまっていた。


「…そういえばさ」
窪の言葉に彼女はおしだまっていた。岩佐から誘ったはずなのに、窪のほうがよくしゃべっている。
「…なんで、俺たちあのときあんなケンカしたんだろ」
「………知らない」
「俺…ずっと気になってるんだ。そのこと。俺が聞いていいかどうかわかんないけどさ……」
「…よくわかんないんだ、わたしも」
「そっか…」

バス停が近づいてきた。部活が終わる前だからなのか、バスが行ってしまったばかりだからなのか、バス停には誰も待っていない。
バス停の看板だけが、うすぼんやりと光っていた。

「でさ………………ごめんな」
「なに?」
「…ケンカのこと。あれ、俺のせいだから」
「え、あれならあのとき、謝ってんじゃない」
「そうだけどさ、まだ謝りきれてない気がして…何度謝ってもたりないんじゃないかと思うんだ」
「いや…もういいよ」
「え?」
「別に許すつもりでもないけど…わたしが言うのもなんだけど、そんなに引きずらなくってもいい」

そう言われて、窪は複雑な表情をしながら沈黙した。彼女にはその表情が、感情を押し殺しているようにも、安堵してなんらかの感慨を感じているようにも見えた。
「だって、中一の頃の話だよ…わたしが悪いとこだってあるし」
「いや、お前は悪くないって!」
「今だから言えるけど…わたしもなんか意固地になってたっていうか…ケンカしたからっていうより、もうその前から仲悪くなってたじゃない。なんとなく」



中学一年の夏のケンカは、彼女と窪の関係を決定的に悪化させた。彼女の記憶では、その時窪の席は彼女の隣。ケンカが起こったのは昼休みのことだった。窪と岩佐は小学のころからつきあいがあったせいか、窪は彼女に気易く声をかけた。でもその時彼の言葉が彼女のなにかに引っかかった。彼女が彼の言葉を拒絶すると、よくわからないといった風の窪が大声で反発し、いくつかの言葉をかわした後彼女が泣きながら教室を出て行った。
それがクラスメイトがみている前で起こったので、窪は彼女を泣かせたヤツとして男子から揶揄され、女子からは誤解された。彼女は女子から気遣われ、彼女を揶揄した男子は女子から猛烈な攻撃を受けた。


実際は、彼女と彼の仲はその前からすでに悪化していた。
彼女と彼が出会ったのは小学三年の頃だった。窪が岩佐の自宅の近くに引っ越してきたとき、窪と岩佐の父親が昔中学だか高校だかのクラスメイトであったため家族ぐるみのつきあいとなり、その関係で二人も学校で比較的仲良くなった。小学の頃は互いを下の名前で呼び合うくらいの仲ではあった。
しかし小六くらいになると、二人の仲は少しずつ悪くなっていった。はっきりした理由もなく、なんとなく疎遠になっていくという感じだった。彼女は窪のなにかにいらだちを感じ、彼女は窪が彼女のなにかに気づいていないように思えた。


「ありきたりな話だけどさ…俺、鈍感だったのかもな」
「どうして?」
「今だから思うんだけど、もしかしたら俺が仲いいからと思って無神経に声かけたからなんじゃないかなぁって」
「…だったのかもしんないけど、そうじゃないかもしんない」
「でも俺もさ、実はあのとき、お前とどうやってけばいいかって、ちょっと悩んでた」
「え?」
「ああいう風に小学の時と同じに接してたけど、それでいいのかなぁ、って思ってた。だからずっと同じ風にやってたけど…」
「…え?」
「お前から、どうすればいいのか聞ければよかったんだけどな…なんかむずがゆくて、どうやればいいのかよくわかんなかったんだ」

二人はバス停に並んでいた。数分待っているが、バスはもう10分くらい待たないと来ない。そして二人以外にバスを待つものはいない。この瞬間、二人のまわりにまとわりつく闇だけが静かだった。
「…だったら言ってほしかったな。もっと早く」
「そうだよな。だから、ごめん」

今度は彼女がなにかを押し殺したような表情になり、こうつぶやいた。
「ていうかさ…私も悪かった…んだと思う」
「だから、お前は悪くないんだよ。俺のことなんて許さなくってもいいし、そもそも俺だってもうすぐでお前の前からいなくなるだろうし…」
「窪、そんなにあわてなくてもいいよ…」
「でもさ…」
「もういいよ…もう。私が言っていいのかどうかわかんないけど、自分勝手かも知れないけど…あのこと、もうナシにしよう」
「…違う。ナシになんてできない。だってそうだろ、お前、あれで傷ついたんだし」

彼女はしばらくうつむいたまま、考え込んだ。
自分は自分の中のなにかに気づいてもらいたくて、気づいてもらえなかった。でも結局、窪だってわたしになにかを気づいてもらいたかった。そしてわたしはそれに気づかなかったんだ。

「うん。あのときはそう思った。確かにわたし、あのとき自分、傷ついたんだと思ってた……でも今考えてみたら、傷ついてなんかなかった。窪の心に傷つけられるほど触れてもなかったし、私の心にも傷つくほど触れられてすらなかった…わたしもね、なんかむずがゆかったんだ。なんかいろいろわかんなくって、いらいらしてて」


「だから…ごめんね、窪」




その約10分後、二人はバスに乗っていた。バスの中には人はまばらで、彼女たちは一番後ろの座席に並んで座っていた。太陽はすっかり沈んで、バスの車窓からは山の輪郭がうっすらと見えるくらいになっていた。


「岩佐…俺たちが普通に仲良かったのって、大体小五くらいだったよな」
「たしかそうだよね。なんかうちといっしょにご飯食べたりさ。ケンカしてからはうちらのどっちかが行かなかったりしてたけど」
「キャンプもいったよな」
「そうそう。キャンプは小六くらいまでうちと窪んちでいっしょに行ってたけど、一番楽しかったのって小五の時のだったよね」
「そうだっけ?」
「私はあのときのが一番だったんだけどなぁ。あの湖のそばの、砂掘ったら温泉出てくるとこ」
「あぁーあそこねぇ。確かに面白かったなぁ。でも俺、どの年のも楽しかったぜ」


「でさ、あのとき思ったんだ…」
「なにを?」
「キャンプから家に帰って眠ったら、起きた時またテントの中で寝袋にくるまってないかなぁって。きのうと同じあしたが来たら、毎日夏休みで毎日キャンプだったら、どんなに嬉しいだろうなぁって」


そんな話をしていると、窓の外を大きなバスが横切っていった。人を満載した、札幌行きの高速バスだった。
岩佐はキャンプの話をしながらひっそりと思った。きのうと同じあしたは、いつまでつづくんだろうか。